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研究・分析 / RESEARCH / NAT HIJACK

NATの「信頼の隙間」を突くNatJack — 同一NAT内からTCPセッションを乗っ取る新たな攻撃クラス

Black Hat USA 2026で公開されたNatJackは、NATの接続追跡テーブルを操作し、TCPセッションのハイジャックやDNS応答の偽装を可能にする。WindowsとLinuxに2件のCVEが採番され、対策の本質は「NATを共有する相手を信頼しない」ことだ。

2026年8月、Black Hat USA 2026で、セキュリティ研究者のMalcolm Stagg(SODIUM-24、Synack Red Team)が、NAT(ネットワークアドレス変換)の接続状態を操作する新たな攻撃クラス NatJack を公開した。NATの接続追跡テーブルを書き換えることで、アクティブなTCPセッションのハイジャック、DNS応答の偽装、外部にマップされたポートの開示、NATテーブルの枯渇によるDoSを起こせるという。独立に開発された複数の実装で影響が確認され、WindowsとLinuxに2件のCVEが採番されている。

NatJack攻撃クラスの概要図(出典: natjack.io)
図1:NatJackの概要。NAT実装の接続追跡状態を操作し、TCPセッションの乗っ取りやDNS偽装などを行う。原典(natjack.io)

NATの「暗黙の前提」が崩れるとき

多くのNAT実装は、ひとつの暗黙の前提の上に成り立っている。「同じNATの内側にいるホスト同士は、互いの接続状態を操作しない」という前提だ。プライベートアドレス空間を共有する相手は、ルーターやファイアウォールの外の攻撃者よりは信頼できる、という暗黙の境界が、NATの設計の一部になっている。

NatJackはこの前提が実装ごとにどの程度崩れるかを体系化した研究だ。攻撃者が被害者と同じNATの内側で特権的なコード実行を得た場合、実装によっては、別のホストに属する接続追跡エントリ(conntrackエントリやNATマッピング)を操作できる。Staggは多数のベンダーの実ネットワーク製品(数十製品)に対してテストし、管理環境でPoCを実証したとSynackは述べている。

4つの攻撃経路

NatJackの研究では、主に4つの経路が示されている。

  1. TCPセッションの乗っ取り — アクティブなTCP接続のNATマッピングを置換し、トラフィックを攻撃者側へリダイレクトする
  2. DNS応答の偽装 — 被害者のDNS要求に干渉し、本来届くはずの応答を攻撃者に受け取らせたうえで、偽造した応答を返す
  3. IP・ポート情報の開示 — NATを越えて外部にマップされているポートや、被害者のIP・ポート情報を漏らす
  4. NATテーブルの枯渇 — 偽のフローで接続追跡テーブルを満たし、正規のクライアントが新規接続を作れなくする

特にTCPハイジャックは、downstream spoofing(NATの下流側からのIPスプーフィング)とupstream spoofing(上流側からの操作)の2系統が報告されている。図2はdownstream spoofingによるTCPハイジャックのPoCだ。

NatJackのPoC。Downstream SpoofingによるTCPハイジャックの様子(出典: natjack.io)
図2:Downstream SpoofingによるTCPセッションハイジャックのPoC画面。原典(natjack.io)

採番された2件のCVE

NatJack全体は攻撃クラスであり単一の修正では収まらないが、実装固有の欠陥として2件が採番されている。

CVE-2026-56181(CVSS 8.3)— Windows NAT(Hyper-V): 起点検証(origin-validation)の欠陥で、隣接ネットワークからのスプーフィングを可能にする。影響を受けるのはWindows 11 24H2(26100.8875未満)、25H2(26200.8875未満)、26H1(28000.2525未満)、Windows Server 2025(26100.33158未満)。

CVE-2026-63913(CVSS 8.2)— Linux Netfilter conntrack: conntrackのロジックが方向を検証していないため、細工したSYNと無効なシーケンス番号を持つRSTパケットで、アクティブなNATエントリを強制的にclosed状態へ遷移させられる。修正済みの安定版は5.10.259、5.15.210、6.1.176、6.6.143、6.12.93、6.18.35、7.0.12、7.1。ただしStaggは、カーネルの修正はコード欠陥を直すものの、より広いdownstream-spoofingの手法に対しては「攻撃の複雑さを上げる緩和」に留まると指摘している。

先行研究の延長線上にある攻撃

NatJackは、NAT状態の操作を扱った先行研究の延長線上にある。NDSS 2024で発表された研究は、NATマッピングの操作によるTCPハイジャックを実証し、テストした67台のルーターのうち52台が影響を受けることを示し、10件のCVEを生んだ。NatJackはそこからさらに、DNS応答の奪取やNATテーブル枯渇など、攻撃の射程を広げた形だ。

対策 — 「NATの内側」を信頼しない

NatJackに対しては、単一のパッチでは対処できない。公開された推奨事項は次のとおりだ。

  • 共有NATからの分離 — 信頼できないワークロード(クラウドのVM、コンテナ、マルチテナント環境)と、信頼するシステムを同じNAT構成で共有しない。クラウドのデフォルトネットワーク構成のVMや、コンテナ化・仮想化サービスは特に確認対象になる
  • OSの更新 — WindowsとLinuxの修正版を適用する(カーネルの修正は緩和として扱う)
  • 内部ネットワークでも暗号化 — NATの内側の通信も平文のままだと、セッション乗っ取りの影響が直接出る。TLSなどでの暗号化を徹底する
  • IP Source Guard — 適用可能な環境では、IPスプーフィングを防ぐための導入を検討する

攻撃者は境界の外側を突破しなくても、境界の「内側」の信頼関係を攻撃できる。NatJackが示すのは、NATはセキュリティ境界ではなく、あくまでアドレス変換の仕組みだということだ。

2026年8月7日時点で、NatJackが実際の攻撃に使われたという公開情報は確認されていない。ただし、攻撃の前提となる「共有NATの内側でのコード実行」は、マルチテナント環境やサプライチェーン経由の侵害では現実的なシナリオだ。NATを信頼の境界として扱ってきた構成は、これを機に見直す価値がある。

出典: The Hacker News — New NatJack Attacks Hijack TCP Sessions and Spoof DNS by Manipulating NAT Tables / NatJack Research Site(natjack.io) / NVD — CVE-2026-56181 / NVD — CVE-2026-63913

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